私のマリリン・モンロー論

マリリン・モンローの心の闇

~映画『ノーマジーンとマリリン』パンフレットより~

作家・早乙女朋子(改名・滝川杏奴)

現代は個を作るのに、なんと難しい時代だろう。子供のまま母親になっていく女たち、その未熟な母親のつっかえぼうになろうとする子供たち、そして存在の希薄な父親たち。母親は個人を確立してから、子供を産むのではなく、子供をだしにして自分が個を作ろうとするおかげで、世の中はアダルト・チルドレンだらけだ。

アダルト・チルドレンとは幼少期において親の強い影響や支配のもとに成長した、また機能不完全な家族の中で育った大人のことを言う。

『ノーマ・ジーンとマリリン』は、アダルト・チルドレンとしてのマリリン・モンローの生涯を、内側から描いた最初の試みの映画だろう。チルドレンをノーマ・ジーン、アダルトをマリリンとし、しかもそれぞれ違う女優が演じる大胆な作りである。二人の異なったパーソンのせめぎ合いが痛々しく、諸刃のやいばが折れるかのような、ぎりぎりした迫力でスクリーンに刻まれている。

私生児のノーマ・ジーンは、統合失調症の母親を持ち、里子に出されるが、そこで里親の性的嫌がらせを受ける。その結果、孤児院に入れられるという恵まれない幼少体験をしている。映画スターを志したのは、映画編集者だった母への思慕からだ。16歳で結婚。しかし、子供の頃に誰にも受け入れられなかった反発心は、かけがえのない家族を欲する自分より上回り、あらゆるコネをたどりながら男性遍歴をふみ、離婚を経て、銀幕スターの座を勝ち取っていく。

仕事が欲しくて髪を金髪に染めるとき、また映画会社のもくろみで顔の整形手術をするとき、幼少期の一人取り残された孤児院時代がフラッシュバックする。妄想の中で、今の自分が車で、子供時代の自分を轢き殺そうとさえする。彼女は自分の中の少女を癒やすどころか、消してしまおうとさえするのだ。

マリリン・モンローと名付けられた肉体から、ノーマ・ジーンは乖離してしまう。マリリンは表向き成功するが、心の中は、傷ついたノーマ・ジーンに支配されていく。ノーマ・ジーンの幻影を振りはらい、移ろいやすい大衆の上にアイデンティティを置こうとするマリリンは、皮肉にもそのことに怯え、プレッシャーに勝てず映画の撮影もNGを連発し、薬に頼り始める。不幸をバネに野心を燃やすノーマ・ジーンと、家庭に人一倍憧れるマリリン、観客側はどちらにも感情移入できる。

精神の不安定さとは裏腹に、どんどん上り詰めていくマリリン・モンロー。しかし、愛によって精神の歯車は大きく狂う。男たちに大人になれない素顔をさらしていくマリリンを、ノーマ・ジーンは母親になれないとののしる。

演技性人格障害という病理がある。ヒステリーの一種だが、彼女の場合は、ノーマ・ジーンという強迫性障害の人格が、常に自信のないマリリンを客観的に操っていたのではないだろうか。

実際のマリリン・モンローは聡明だったという証言も多い。そのとろけるような息づかい、豊かなバスト、揺れる尻で、大衆のハートをキャッチすると同時に、どこかユーモラスで優しい女らしさを醸し出していた。来日したときの取材陣から、「モンローウォークは貴女の発明ですか」との質問に「あら、私、生まれて6ヶ月くらいからあんな風に歩いていたのですよ」と答えて、会見場をなごませていた。影の演出者がいるとしたら、見事なイメージ作りである。

私は、前からマリリン・モンローを演技性人格障害と思っていた。女優なら私生活でも、演技をしている人は多いものだ。常に自分を演出する目を持つ演技者は、その性格を利用すれば大成功を収めることだってある。子供の頃に受け入れられなかったという心の傷は、大衆へと向かい、多くの人を惹きつける原動力にもなるのだという典型的な例である。

しかし、マリリンはタフではなかった。次々と愛を求め、果てはプレジデントとのロマンスまでいきつく。ハリウッドさえのみこむ虚の自分が一つのパーソナルに統合されるためには、より権力のある男性を神にしたかったのか。しかし、スキャンダルを差し引いても、マリリンは狂気と戦い、薬にこそ頼りながら表現者として肉体と魂の両面を自己解放、そして女優としてもハリウッドの支配から逃れ、自分の制作プロを設立、個を確立しようとした。人間としてもアーティストとしても最高のレベルの昇華だろう。アダルト・チルドレンを自覚する女性には学ぶべき点が多いはずだ。

なぜ、マリリンが大衆から支持されたかの理由に、私は彼女にとって大衆が家族だったからという意見をのべたい。フェミニズムの一部以外、誰もがマリリン・モンローを愛さずにいられなかったのは、彼女が常に大衆である私たちを家族のように、優しく包み込もうとしたからではないだろうか。

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