『極悪女王』は人間社会の縮図

Netflix『極悪女王』はすごい!
興奮して焼きそばと缶ビールをお供に視聴しました。

漫画とかアニメ映画ならたくさんこういう世界はあるけど、実際の俳優が肉体を駆使して演技するのは、相当の頑張りだし鍛えないとできないと思いました。

唐田えりかさんは流血も負けっぷりも絵になる被虐美。
まさに、華ある輝き方、そして孤独と友愛に揺れた芝居に心を打たれました。

芸能、興行の中の演者は、人間としての幸せを望んでも厳しく、トップになれても当たり前の幸せは掛け離れているのでしょう。
そのハングリーさになるには、もともとの理由があるわけで。
そんじょそこらのお嬢さんが、はい、明日からプロレスやります、って言ってもできない世界。

輝く道の先がヒール役というのも切ないですが、同世代の私の周りには、ダンプ松本さんをリスペクトしている人が何人もいました。
松本さんが、ダースベイダーみたいな極悪女王になっていく過程がよく描かれていて、プロレスの業界用語、隠語、所作も、その世界を知らない私にも説得力があります。

見せるという演者、興行師たちの両者ともに、自分に思い当たる節があったり。
望まれて「やっちまう」カリスマといえば、レジェンドエンターティナーアントニオ猪木さんや馬場さんを思い出します。

虚実ないまぜとは人間社会の縮図で、プロレスやサーカスは世の中のメタファーではないでしょうか。自分も芸能子役や宣伝マンとして生きてきて「ブック」(シナリオ)をはみ出した人間臭さが、逆に人生の一番の思い出の醍醐味であったことを、しみじみ噛み締めたドラマでした。